武者小路実篤は生涯に800冊を超える著書を刊行しています。
その中でも、洛陽堂から刊行した初期の本や、書店を介さず読者に直接届けた我孫子(あびこ)刊行会本、代表詩集『無車詩集』などは、実篤自身が出版に深く関わりました。これらの本からは、無造作と思われがちな実篤としては意外なほどのこだわりが見えてきます。
やがて実篤が評価を得ると、『友情』の無断出版騒動、藝術社版全集の資金の持ち逃げなど、本をめぐって事件も起きています。青年書房の『愛と死』など100版を超える本や、『燃ゆる林』のようにわずか5日や10日で次々増刷された本など、一つ一つを見ていくと実篤の評価や出版のありようが浮かび上がってきます。また、実篤から誰かへ、誰かから実篤へ、白樺同人はじめ谷崎潤一朗、小林秀雄ほか多くの人々と交わした献辞が書かれた本が多く残り、そこには広い交友があり、それぞれが込めた思いがあります。
一冊一冊が持つ知られざる物語をひもとき、「本」の魅力を味わっていただくとともに、そこから時代背景や実篤の交友を紹介します。