河井寬次郎がデザインし愛用したキセルを制作したことで知られる、金田勝造(かねだかつぞう)(1893-1964)。安来市に生まれた金田は16歳で松江市の金工家・塩津親次(しおつちかつぐ)に師事し、師が得意とした肉彫(にくぼり)や片切彫(かたきりぼり)の彫金技術を習得します。
独立後はキセルなどの装身具を制作していましたが、昭和初期に島根に民藝運動がおこると、生家が近かった3歳年長の河井を通じて柳宗悦らと知り合い作風を大きく転換します。河井や柳がデザインした金工品も制作しました。戦後は鉄製の行灯や燭台を多く手がけ、棟方志功図案の鯉の掛行灯なども制作しています。
変遷した仕事を金田の息子である正芳と忠雄の作品とともにたどり、残された資料から河井や柳らから受けた指導の様子を探ります。