水面やガラス、シャボン玉…透明な「鏡」に映ろう像は、かすかに歪み、たえず揺らぎながら、時々刻々と変化しています。鏡の中のわたしは、いつも左右逆向きで、似てはいても同じではない、もう一人のわたしのようにも見えます。あたかも二枚貝のごとく、微妙にズレながら重なり合う実像と虚像。これら反映し合う像をイメージと呼ぶならば、イメージの根源とはまさしく「鏡の中」=「反映の宇宙」に潜んでいるのかもしれません。
本展では当館の版画コレクションから約50点の作品を通して、反映のイメージをさぐります。版画は、その成り立ちにおいて原版と画像が反転することから鏡の反映と相通じます。長谷川潔(1891-1980)、浜口陽三(1909-2000)、丹阿弥丹波子(1927-)、草間彌生(1929-)、秀島由己男(1934-)、柄澤齊(1950-)らがモチーフとする鏡やガラス、水、貝殻、蝶などには、反映をめぐる版画ならではの眼差しがうかがえるでしょう。
また、上田薫(1928-)の新収蔵作品を特集します。1958年、南画廊での初個展以来、デザイナーとして活躍した上田は1968年頃から画家として活動を再開。なま玉子やスプーン、水の入ったガラスのコップといった日常的な「事物」を対象に、写真を用いた独自のリアリズムを確立させます。その創作世界は、いわゆる「スーパーリアリズム」で括られるものではなく、むしろ一見、写実的な描写の中に、するりとさりげなく射し込まれた「反映」にこそ作家の視線は向けられていました。
1990年代になると、対象は身近な「事物」から、自らを包み込む自然―木の流れや大気、雲など変幻自在な「現象」へと広がっていきます。川や空に無数の光が反射し、乱舞する刻一刻を鮮明に描いた画面は、きらめく壮大な鏡とも言えるでしょう。本展では1970年の《貝殻》を始めシリーズ〈流れ〉や〈Sky 〉、最新作を含む約15点を通して、上田が追求してきた「反映の宇宙」を再考したいと思います。