戦前期、生まれ育った東京の下町をアマチュア写真家として撮り歩いた桑原甲子雄 (くわばら・きねお 1913-2007)。戦後は写真雑誌の編集長を歴任しますが、やがて再びカメラを持ち、また若き日の作品が再評価され、1973年、還暦で初個展を開催します。以後、『東京昭和十一年』、『東京長日』など、新旧の作品による写真集の出版や展覧会が相次ぎ、桑原は写真家として改めて脚光を浴びました。
「ごく私的な記念写真」と自ら語ったとおり、彼の写真はいわば日々のメモやスケッチでした。二・二六事件発生の1930年代半ばから、バブル景気に沸く1990年代初頭まで―この間の東京の変貌を伝えつつ、不思議に変わらぬみずみずしさを湛える作品は、今も私たちを惹きつけてやみません。
当館は、1993年の「ラヴ・ユー・トーキョー 桑原甲子雄・荒木経惟写真展」を機に、桑原の作品を数多く収蔵しています。本展は、その豊富なコレクションからモノクロおよびカラープリント約200点を紹介する回顧展です。東京を見つめ直すきっかけを得た1970年代末のパリでの作品に加え、他所蔵機関のご協力により、1940年撮影の満州での作品を16点、コンタクトプリントや雑誌などの貴重な資料約30点もあわせて展示します。東京を中心に据えながら、満州・パリでの作品と諸資料を視野に入れ、60年におよぶ桑原の仕事の全体像を見渡すのは本展が初めてです。