伊丹十三(池内義弘・通称岳彦)は、1933年、伊丹万作(池内義豊)の第一子として京都に生まれました。
『國士無双』、『赤西蠣太』など、脚本家・映画監督として活躍していた万作でしたが、肺結核にかかり、長いの闘病の末、1946年、十三が13歳の時に亡くなりました。反抗期に父を喪ったため、非常に長い間、父に対して複雑な思いを抱いていたと後年明かしています。
しかし、十三自らも二児の父となったこと、精神分析に傾倒したことから、「父の父の言葉を子に伝える役割」に目覚め、父として芸術家としての万作について語り綴るようになります。
十三が残した言葉を手がかりに、万作という人物と、彼の業績をご紹介します。
伊丹十三は万作の遺品を大切に保管し、万作の記念館を設立したいという構想を持っていました。当館はその予定地だった場所に建っています。この企画展が伊丹十三の意志を実現するまたとない機会となるよう祈りつつ、みなさまのご来館をお待ちしております。