武者小路実篤は、昭和23年から44年、63歳から84歳まで20年以上に亘って、一つの連作を書き続けました。
石や草ばかりを描いて世間からの評価とは無縁な画家・馬鹿一、道学者・真理先生、書家・泰山、その兄で人気画家の白雲といった、老境を迎えた独自の世界を持つ芸術家たちのどこか世俗からは離れた日常のエピソードを、狂言回しにあたる山谷五兵衛が語るもので、その登場人物にちなんで、“馬鹿一もの”または“山谷もの”と呼ばれています。
実篤は昭和30年代以降になると、文学作品では評論や随筆等が多くなり、創作は次第に減っていきますが、その中にあって、“馬鹿一もの”は変わらず書き続け、長編・短編合わせて68篇にも及び、後期の代表作品群をなしています。
なかでも、初期の長編「真理先生」は昭和26年4月に初版本が出版されてから12月までに10版を重ねるベストセラーとなり、60年近く経つ現在も文庫本の刊行が続いています。また続く作品も、数々発表され、単行本が出版されるたびに書評に取り上げられるなど、文壇からも読者からも高い注目を集めました。
今回の特別展では、実篤後期の代表連作“馬鹿一もの”の魅力をご紹介し、時代背景や当時の書評からその評価を見直すと共に、そこに描かれた生き方に対する実篤のメッセージを改めて読み直す機会とします。