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加賀谷 武 展
新空間 シロタ画廊に現る Ⅱ
―米寿記念―
会場
シロタ画廊
SHIROTA GALLERY
会期
2021年3月1日(月)―13日(土)
展覧会概要
加賀谷 武 展 カガヤ タケシ テン 新空間 シロタ画廊に現る Ⅱ
―米寿記念―
加賀谷武の新作 ―感覚と魂の震度計を見つめて 横山 勝彦(呉市立美術館館長)
加賀谷武氏は寡黙な作家である。その作品は多彩で、氏の全作品を総括する言葉を探すことは困難だ。一つ一つの作品を説明することは出来ても、言い古された批評用語では変貌する作家の全体を的確に捉えることは難しい。
私がはじめて加賀谷氏の作品に直面したのは、練馬区立美術館の「開館記念 練馬区在住作家展」(1985)である。多数出品された洋画や日本画のなかで、氏の板材を組み合わせた平面作品はとても異質だった。その後、幾度か個展を見たり、また氏についての文章も書いたが、その都度従前の作家像を修正しなければならなかった。
加賀谷氏は、2006年、内部に光源を配した行灯風の作品を発表した後、ロープによる屋外インスタレーションを展開する。当時すでに70歳代半ばの作家によるロープ・インスタレーションは、画廊の建物と屋外の樹木を結ぶことから始まり、建物同士やその他の事物を結び付け、ロープは全長400メートルを越えるまでに拡大していった。故郷の富山県をはじめ東京、千葉、新潟、イタリアでも展開したこのインスタレーションは、もちろんロープそのものが作品ではない。作者がいうように「ロープを張ることによって変化した空間のあり様そのものが作品」である。単なる日常の風景が一本のロープによって変貌し、通常は気にもとめない光景が鮮やかに現出していく。行灯風の作品も、「光の出方と、蔭のできかたによって人間の考え方は変わる」(月刊ギャラリー2006年3月号)ことを検証しようとするものだった。加賀谷武氏は、「人間の考え方」を問題にした非常にコンセプチュアルな作家である。
2014年に石川県立美術館で開催されたグループ展「新紀元 革新の視座―加賀谷武、木下晋、久世建二、庄田雷寛、蓮田龍五郎の創造―」では、金沢美術工芸大学工芸科の卒業制作以後の典型的な作品がまとめて展示されており、氏の足跡を見直す貴重な機会となったが、多様な作品の外観を越えて通底する独自の質を感じることができた。それは、入念で精緻な手作業を行いながら、その手作業の痕跡を排除したのち残る微妙なものを現出させようとする作家の姿勢である。作者は『美術手帖』1976年3月号で「不作為にみえるなかにも<能>のような迫力を手作業によってつくりあげること」を求めて、「一回ごとに研きあげて、八回から十回塗り重ねる行為を繰り返しながら、微妙な色相と単色の表面をつくりあげ」、「可能な限り触覚性や物質性を排除する」と語る。このように手作業の跡を徹底的に排除するのは、「単色の色面をアピールしながら、わずかのゆさぶりをかける」ためであり、物体としての作品は、「わずかのゆさぶり」を現出させるための装置であるからにほかならない。この「わずかのゆさぶり」がかけられるのは、「人間の考え方」であることは論を待たないだろう。この禁欲的な作家は、計測器を注意深く観測する科学者のように、感覚と魂の震度計を見つめ続けている。
2017年から3年間加賀谷氏は、路傍に捨てられたり、生活のなかで見過されているさまざまなモノを金で着色し、画廊内に展示した。これも意表を突く展示だったが、金を塗布された石ころや廃材は、モノとしての意味や役割を奪われながら、確かにモノ自体としてそこに在った。作者は、日常性や遠近感を失わせる金の象徴的な大気のなかで、モノ自体が密かに息づいているような空間を作りたかったのではないだろうか。面と線を検証することから始まった作者の造形思考は、画廊や美術館などの展示空間を超えて現実空間へと展開し、さらに象徴的空間にまで及んだと見ることもできるのである。
さて今回の展示で加賀谷氏は、画廊の壁面をカンヴァスに見立てて、色付きの毛糸で絵を描くという。スケッチや試作を見る限り、壁面には使用する毛糸の色や太さ、ぶら下がり具合などによって非常にニュアンスの異なる線が展開しているが、それは作者が描くというよりも、むしろ毛糸が描いた作品と見るべきものだろう。自己と素材の主張を出来るだけ排除することによってのみ生じる微妙な感覚の質の違いをテーマにしてきた作者の新たな展開に注目したい。
- 休催日
- 日休廊
- 開催時間
- AM11:00 ~ PM7:00
- (最終日PM5:00まで)
- 展覧会ホームページ
- http://www.gaden.jp/shirota/2021/0301/0301.html
会場情報
登録日:2021年3月10日