■伊津野雄二新作木彫展に誘引されて 馬場 駿吉
心待ちしていた伊津野雄二新作木彫展が開催される運びとなった。清澄、静謐な女性像制作の現場を訪ねることが出来たのは、数カ月ほど前のこと。岡崎の町音を遥かに隔てた山中。西欧のヴィーナスの誕生を祝福するのは真青な海を波立たせる南からの風音なのだが、楠の木髄から解き放たれる大和女性へのそれは、冴え渡る新緑から、時折工房に届く小鳥たちの囀りだった。
今回の作品タイトルにある「平衡点」-その由来について作家の言葉を援用するならば、私たちは個人・社会にかかわらず、身辺の様々な要件が好ましいバランスを保つ場「平衡点」に立つことを望み、その達成と持続へ希求する姿に美が漂うというのだ。木彫女性のほのかな笑みや、喉元に揚げられた右手・指先のたおやかさからもそれを香気のように感じとることが出来よう。私たちは当然のことながら木彫像から生の声を聞くことは出来ない。通常の気道を介する呼吸機能がないからだ。ただし木彫像にも極めて僅かとは言え、皮膚呼吸機能が存在する可能性があろう。彫像に近づけば、その肌からの馨しい香気に触れることが出来るかも知れない。(美術評論家)