紀州は、古代より時空の…しじま…が濃いと思い、時の奈落に行き着きたくて、憑かれたようにAは通う。あかるい虚無が見える。ヒトのイトナミが緋く捺されたネガフィルムの地平に焦がれた。紀州までの遠い距離は、道中の間にAを冷静にさせる。仮説を確かめに行くのではない。可能な限り前の旅を忘れ、その度ごとに真っさらになって紀州に向かう。雨の夕方、国道42号線に点滅して流れる信号機の透明な液体色・・・その赤は、緑は、なんて冷たく、なんて魅惑的なんだろう。
10年余が過ぎた頃、なつかしい「紀州の色」が出来て行った。叙事詩だった。
花井正子