「故郷を喪失したものたち」と共に辿りつくことのない故郷への旅を続ける画家・川口起美雄。その旅の記録として1970年代の終わりから描き続けている一連の作品の中から、本展では、1990年代から現在に至るまでの作品約70点を一堂に展示し、その制作活動の軌跡を辿ります。ウィーン派の巨匠ウォルフガング・フッターの下で技法研究の研鑽を積んだ川口の作品の数々は、インプリミトゥーラと呼ばれる一層目の絵具層の粗描きから出発し、テンペラと油彩の併用による混合技法によって描かれています。重厚な画面の中に、卓越した技法で描かれる日常にあるリアルな断片で構成された塔や窓辺の風景、鳥や犀などの動物によって、メタファーに満ちた不可思議な非日常の世界として広がり、誰も見たことのない絵画世界を切り拓き続けています。長年にわたり一貫してヨーロッパの古典技法を追求し、独自の哲学的思想から「絵でしか語ることのできない独特の物語=読まれる絵画」と称される川口起美雄の世界。川口の作品の前に立つとき、見るものはあたかも鏡をみているかのように自らの旅を想い、時間を重ねることになるでしょう。