ひとりの画家が、その作品のスタイルを確立するまでには、いくつもの試行錯誤を重ねながら、長い時間を費やし、苦悩の末に自らの画風を手にする。
矢橋頌太郎の場合。人間の頭部を真上から捉えた一風変わった作品を描く。頭部だけに焦点を当てて描き続ける作家も稀であろうが、それがこの画家のスタイルであり、独自性なのである。だが、それは絵の表面、つまり絵面としての独創
性であって、この画家の心の奥に潜む何ものかを示すものではないだろう。画家とは、その根底に何を置くかによって画家と成り得る。つまり、目に見える事物をどう表現するかも重要だろうが、何を描き、そこに何を託したいかということが、もっとも肝心なことなのだ。矢橋が頭部を描き、そこに込めようとしているものは、頭という姿を借りて、自身の内面を深く見つめようとする精神世界に思いを向かわせることにほかならない。
この画家の絵画について語るとき、それが基準であり、視点でもある。矢橋という画家が何を見つめ、どこへ向かおうとしているのか、ということである。
ともあれ、矢橋頌太郎の今後の活動に期待する。そして、多くの人々にその魅力を知っていただきたいと願っている。 柳原正樹(京都国立近代美術館長)