帝政ロシアの町ヴィテプスクで、ユダヤ人家庭の長男として生まれたマルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)は、1910年にパリへ渡り、キュピスムや未来派など当時の前衛芸術運動に影響されながら、ユダヤ文化を源泉とした独自の作風を創出しました。二度の世界大戦を乗り越え、ニューヨークや南仏に制作の拠点を求めたシャガールは、97歳で亡くなるまで旺盛な制作活動を続けました。
シャガールは絵画のほか陶器やステンドグラス、舞台芸術など幅広く手がけましたが、版画についても多くの傑作を遺しています。1922年のベルリン滞在時に、シャガールは銅版画制作の基礎を学ぶ機会を得ました。エッチングによる版画集『母性』(1926)の発表など、版画ははじめ、シャガールの不安定な画家生活を支える手段のひとつでした。しかしその後も、銅版画、木版画、リトグラフなど多岐に渡る技法を用いて、生涯で約2,000点にも及ぶ版画作品を発表し、版画は彼のライフワークとなりました。本展では『母性』のほか、古代ギリシャの作家ロンゴスが著した物語をリトグラフで色彩豊かに表現した『ダフニスとクロエ』(1961)など、版画作品約280点をご紹介します。色彩の魔術師シャガールが創造した、詩情と慈愛に満ちた魅力あふれる芸術世界をご堪能ください。