植田正治の写真は、その独特なスタイルから『演出写真』とよばれます。そんな植田にとって、人物を写すことはどういう意味をもっていたのでしょうか。植田は『わが心の砂丘に花開いた演出写真は二度も中断した』と述懐しています。一度は戦争。そして二度目は戦後、リアリズム運動が日本の写真界に嵐のごとく広がった昭和25年頃のことでした。『絶対スナップ』『絶対非演出』が主流となるなか、植田は、しばらくの間、無邪気な子どもたちや身近な人々を撮りつづけることになります。しかし、ここから生まれたシリーズ〈童暦〉、〈小さい伝記〉で、植田の『演出』は新たな展開を見せるのです。植田は語ります。『人がカメラを向けられ、写真を撮られる時に、真正面を向くのは『自然』なことだとおもいます。むしろそこで、自然に遊んでくれ、自然にむこうを向いてくれと言う方が嘘の演出写真ではないかと思います。』
今回の展覧会では、植田のまなざしに自然に反応する人々の姿をとらえた作品を中心に、砂浜や砂丘を舞台とした作品、セルフ・ポートレイトなどを加え、人物写真における『演出』をテーマにその変遷を辿ります。はにかみながらただいたすらに『直立する人』の姿を通して、植田にとっての『演出とは何か』をご理解いただけるとともに、被写体に向けられた植田の親愛的まなざしを感じ取っていただけることでしょう。