庶民の間で「旅」が広がり始めたのは江戸時代中期頃のことです。世情が安定し、参勤交代の制度化により街道や宿場が整備されたことで、それまでより安全に長距離の移動ができるようになりました。ただし、旅に出るには「理由」が必要でした。道中にある関所などを通る際は、手形という現在でいうところの身分証明書が必要であり、しかるべき理由がないと手形を発行してもらえなかったからです。そこで人々は旅をするための「理由」を作りました。その最たるものが信仰のための旅です。特に「お伊勢さんにお参りに行く」と言えば手形なしでも道を通行することができたため、移動を厳しく制限されていた農民や女性は伊勢参詣でを理由にこぞって旅に出たといいます。
当時の人々にとって旅とは何だったのか、そして空前の旅行ブームに支えられ、一躍人気絵師となった広重の風景画の魅力とは。本展では広重の描いた「庶民の旅」に迫ります。