19世紀末のヨーロッパ各地で「象徴派」と呼ばれる芸術運動が盛んになり、文学から音楽、美術を巻き込む一大ムーブメントになりました。19世紀は、合理主義と実証主義に基盤をおく近代のブルジョワ社会が、経済的な繁栄と科学の進歩をひたすら推し進めた時代でした。そこではブルジョワ的な道徳観念や秩序が万人に押しつけられ、不合理で矛盾に満ちた人間の内面性や、現世を超越した存在への憧れや探求はないがしろにされるか、切り捨てられました。こうした時代に、象徴派は月光の下で夢見ることを好み、物質よりも精神性、「魂」を何よりも大切なものと考えました。彼らは肉眼を閉ざし、「魂の眼」を通して見た内なるヴィジョンを描こうとした芸術家でした。
かくして現実に背を向けた象徴派は、かなたにある彼岸の世界を夢想したり、眼に見える現実の背後にひそむ神秘的な宇宙の諸力や神の気配を「啓示」しようとしました。また豊饒な精神の世界を開拓して、抑圧された人間のさまざまな情念の昇華をくわだてました。象徴派の芸術家は、文学や伝説、神話などに題材を借りて、自らの想像力を解き放ち、聖なるものの宿る神秘的な風景や遠い過去への憧憬、伝説上の黄金時代や理想郷、夢の世界、そして死やエロス、人間疎外、不安、苦悩、悪夢などを、あるときは幻想的に、あるときは衝撃的に描き出しました。それは物質至上主義に毒された近代文明からの逃避であり、また、ブルジョワ社会と文化にたいするアンチテーゼでもあったのです。
ギュスターヴ・モロー、オディロン・ルドン、モーリス・ドニ、そして日本でこれまであまり紹介されたことのないフランス象徴派の優れた画家や彫刻家たち。本展でご紹介する芸術家たちは、魂の王国に通じる扉を開く魔術師であり、扉の向こうには、神秘と夢想に彩られた豊饒な世界が広がっています。