今年2017年は《泉》が誕生して100年です。
今回のキュレトリアル・スタディズでは、一年間にわたり当館所蔵のマルセル・デュシャン(1887-1968)による《泉》 (1964年再制作版)を展示するとともに、現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、さまざまなゲストを迎えて《泉》をめぐるレクチャーシリーズを開催しています。
「Case①:マルセル・デュシャン29歳、便器を展覧会に出品する」は、今回の共同企画者でデュシャン研究者の平芳幸浩による入門編の決定版。デュシャンの基礎知識に関する解説を盛り込んだチラシは今回の予習テキストを兼ねています。京都国立近代美術館所蔵のレディメイド作品、国立国際美術館の所蔵するグリーン・ボックスなど京都と大阪の国立2館のデュシャン・コレクションをほぼ網羅したおよそ80点が展示されました。
「Case②:He CHOSE it.」では美術家の藤本由紀夫が、合わせ鏡を用いたポートレート写真から着想したインスタレーションを展示。デュシャンのいう「四次元」に関心を抱き続けてきた作家が提示した《泉》の鏡像を前に、観る者は三次元と二次元を行き来しながら作品の在り処を探ることとなりました。
「Case③:誰が《泉》を捨てたのか Flying Fountain(s)」では、《泉》をめぐる4つの状況を、所蔵するレディメイドのほか既製品の小便器を使って再現しました。《泉》という「オリジナルのない幽霊」を暗示するかのように壁に投影された影たち。1917年の独立美術家協会展で仕切り裏に展示されていたという証言をもとにひっそりと佇む所蔵作品の《泉》。担当した河本信治・当館元学芸課長は1987年の《泉》を含むデュシャンのシュワルツ版レディメイドー式の収蔵に関わっています。
「Case④:デュシャンを読む:リサーチ・ノート」は、ウェールズ出身のベサン・ヒューズ(Bethan Huws, 1961-)が2007年から継続中のデュシャンをめぐる思考過程をマインドマップとして提示するプロジェクトです。A4用紙に記された数々のデュシャンの言葉や作品についての膨大な調査メモやドローイングは、美術史研究者によるアプローチとは異なり、必ずしも明確な論理や秩序をもっているわけではありません。数字や色、図像学的モチーフをデュシャンがどう扱ったのか、フランス語と英語を往来しながらそれぞれの単語と音の関係をどのように作品に取り込んでいたのか、といった問題についての観る側としてのアーティストの断片的思考の集積であり、デュシャン本人の言葉を借りれば、作者と観る者という二極の間で成立する作品についての創造的解読として理解することができます。今回はこのヒューズのライフワークをまとまった形で紹介する国内では初めての機会となります。
「case⑤:散種」と題して最終回のキュレーションを担当するのは、日用品と音や光、水などを組み合わせたインスタレーションを発表するアーティストの毛利悠子(1980-)。もう一つのデュシャン代表作《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》(通称「大ガラス」)をモチーフとした作品を発表してきた作家が新鮮な視点で《泉》の展示に挑みます。今回のテーマ「散種 dissemination」とはフランスの哲学者デリダのテクスト論における用語で、種や精子を撒き散らすことを意味すると同時に、ある言葉が一つの意味に回収されることなく拡散し多様化していくさまを示したものです。読まれるたびにその意味を増殖させてきたデュシャン作品の受容の過程は、まさに「散種」と呼ぶべきものでしょう。デュシャンが愛人マリアに向けて制作したユニークピースを含む《トランクの箱(特装版)》(1946年・富山県美術館蔵)という特別ゲストもお迎えします。1年間の5回にわたるケース・スタディを通して、現在の美術における100年後のデュシャンの遺伝子のありようを探ります。