「描き続けたまえ 絵画との契約である」
もし仮に生きるということが、つきつめると起きて食べて寝ることの繰り返しであるならば、画家山田正亮(1929-2010)は、「絵画と契約する」ことによって、生きることに絵を描く営みをも加えてしまった人間です。50年以上ものあいだ、絶え間なく描き続けられた絵画作品の数は、ほぼ5,000点。彼は世俗や流行に背を向け、誰かにおもねることもなく、東京の郊外に構えたアトリエで、ひとりで制作を続けたのです。その作品群は、1978年、康画廊(東京)での個展で、驚きと称賛をもって迎えられ、以降、彼は、現代絵画の遅れてきた寵児として高い評価を受けるようになりました。2005年に府中市美術館で個展が開かれたほか、近年では、欧米圏でも注目を集めつつあります。
山田正亮の一点一点の作品は、常に熟練の技巧によって丹念に描きこまれた高質なものですが、その一方で彼は、自らの全作品をひとかたまりのものとしてとらえ、その全体の持続と整合性こそがまるでひとつの作品であるというような、独特な姿勢を保ち続けました。それは、一見すると作者の意図の通りに編集された、クールな知的探求のようにも見えます。しかし、50年に及ぶ作家と絵画とのやりとりは、実際には決して平坦なものではありえず、掌握しきれない偶然や矛盾、飛躍や相克のドラマに満ちてもいたはずです。作家の没後6年を経て、山田正亮の仕事を鳥瞰できるようになったいま、私たちは、夥しく繁茂する彼の絵画の総体を、作家の色どりある生きざまの発露として味わうことができるでしょう。
初めての包括的な回顧展となる本展では、生前公にされることのなかった膨大な量の制作ノートの解析や、近年進められてきた専門家による諸研究を踏まえ、日本の戦後美術において唯一無二の活動を見せた山田正亮の全体像をご紹介します。各年代の主要な作品を網羅することはもちろん、多様な探究の足跡をうかがわせる紙作品、制作ノートなども展示することで、山田正亮の作品総体の、複雑で魅惑的なあり様を体感していただける場を目指します。