1950年代の大分市では、キムラヤ画材店に教師や美術を志す学生などが集まり、「新世紀群」という美術グループが誕生し、互いに切磋し技量を磨きました。
吉村益信(1932~2011)、風倉匠(1936~2007)、赤瀬川原平(1937~2014)も、この「新世紀群」で学んだメンバーでした。
1960年、前衛美術グループとして注目を集めた「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ(ネオ・ダダ)」は、吉村を中心に結成され、風倉、赤瀬川も主要メンバーとして活躍。「反芸術」を標榜し、ジャンク・アート(ゴミ芸術、廃物芸術)や即興的なパフォーマンスなどを展開しました。
今回は、吉村、風倉、赤瀬川のネオ・ダダ時代を写真で振り返るとともに、その後の活動を紹介します。