昇亭北寿は、風景画が浮世絵の一つのジャンルとして確立する前の享和~文政期(1801~30)に、風景を専門的に描いたユニークな絵師です。師である北斎の洋風風景画を引き継ぎ、透視図法、陰影法を使用し、地平線が低く沸き立つ雲が印象的な作品を残しました。伝統的な江戸名所のほかに、いち早く房総の銚子と九十九里を描いた点も注目されます。
風景を主題にした浮世絵は、18世紀後半に、西洋の遠近法を導入し奥行を強調した「浮絵」の流行とともに描かれる機会が増えます。「浮絵上手」と評された北寿ですが、従来の作為的な風景から一歩踏み出し、光と大気の動きをとり入れたより自然な景観描写を目指しました。つゆ草や本藍による青の色調のほか、雲と霞を重ねるぼかしの表現も、ベロ藍が使用された天保期(1830~44)以降の風景画とは異なる北寿作品の魅力です。
このたびの展覧会は、紹介される機会の少ない北寿の錦絵作品を一堂に会し、初摺・後摺の違いや画風変遷を探る初めての試みです。おなじみの北斎・広重作品とはひと味違う、新たな風景版画との出会いをお楽しみください。