展覧会趣旨
初代館長・古川爲三郎(1890-1993)が美術館の建設を夢見て財団を設立してから30年が経ちました。この記念すべき年の幕開けとして爲三郎記念館の壁画を手掛けた、洋画家・田村能里子氏による個展を開催いたします。
古代朱を思わせる錆びついた赤の世界。砂の肌触りを感じさせるざらっとしたマチエール。風が吹き、空気が流れ光が舞う。そこに佇む女性たち。悠久の時を奏でる絵画世界。これが田村能里子が描き出してきた世界です。
一貫して"人のすがた"追求し、描き続けてきた田村能里子は、油彩画のみならず壁画の大作を手掛け、国内外問わず芸術活動を繰り広げてきました。田村レッドを称され、躍動する生命を象徴する赤。それは観る者の心を捉え、"人のすがた"は、私たちに生きる力と喜びを与えてきました。多くの人を魅了してやまない田村作品の原点は、アジアの地に根ざして逞しくそしてたおやかに生きる人々との出会いがありました。彼らを描き続けることによって育まれたデッサン力は田村作品の真髄といえます。瞬時に本質をとらえる洞察力、その時の空気までをも描き出す的確な筆跡、あらゆる無駄な要素を排除した、シンプルな人の姿。それらが凝縮されたデッサンこそが田村作品を強靭にするエッセンス、生きる力です。
本展覧会では田村がアジア生活の中で描きだした"素のままの人のすがた"をテーマにしています。未発表のデッサン「イサーンの赫い風」シリーズを中心に、読書人の雑誌「本」(講談社発行)でのカット絵の原画などまだ見ぬ田村能里子の世界を紹介します。都会的な華やかな女性たちとは異なり、民族性を感じさせる目に光を宿した働く女性。描き出された女性たちの生きる眼差し、意志のある指先、命あるものの、生の輝きにみちた美しい人の姿をお楽しみください。