渋沢敬三は、日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一を祖父に持ち、大正末から昭和中頃にかけて実業界や政界で活躍した人物ですが、一方では人々のくらしに関心を持ち続けた研究者でもありました。
敬三は、自宅の物置小屋の屋根裏にアチックミューゼアム(屋根裏の博物館)と名付けた小さな博物館を作り、はじめは仲間で集めた化石や郷土玩具などを展示していました。その後、人々のくらしを明らかにするために民具の収集や調査研究を進めたばかりか、古文書などくらしの記録の収集や筆写、建築学や社会学を含めた広い視野での地域の総合調査などにも活動を広げ、成果を報告しました。人々が日常履いていた草履を全国から347点も集め、構造や結び方の分析を行った『所謂足半(あしなか)に就いて』や、伊豆内浦(静岡県沼津市)の旧家に残る戦国時代から明治期までの漁民の史料を編集した『豆州内浦漁民史料』など、敬三が出版した報告書や史料集は、現在の調査では得ることができない貴重なものとなっています。さらに、集めた資料を保存し、有効に活用するために、博物館の設立も計画しました。
今回は、敬三とその仲間たちの活動を、横浜市歴史博物館とアチックミューゼアムを現在に受け継いでいる神奈川大学日本常民文化研究所が共同で紹介します。
展示では、敬三と仲間たちの活動の軌跡を、彼らの収集資料と調査成果、新たに調査先で見つかった記録や写真などを通してたどります。シンポジウムでは敬三の民具研究の視点と方法を、講座では敬三と共に活動した仲間たちを紹介します。
これらを通して、渋沢敬三という実業家の「民(たみ)」と「学問」への想いを知っていただけたらと思います。