熊本市現代美術館では、ギャラリーⅢの108回目の企画として「江上茂雄」展を開催します。
明治45年(1912)、福岡県山門郡瀬高町(現みやま市)に生まれた江上は、15歳で三井三池鉱業所建築課に入社。以後45年間、会社員として勤めながら、クレパス・クレヨン画を描きつづけました。主なモチーフは、大牟田の身近な風景ですが、それ以外にも、植物画や、実験的即興絵画など、その内容は多岐にわたります。江上は、会社が休みとなる日祭日以外の、平日の退社後の時間でさえも、寸暇を惜しんで制作に没頭し、いわゆる「日曜画家」の範疇をゆうに超える、驚くべき質・量の作品を残しています。
その後、昭和47年(1972)に60歳で退職。熊本県荒尾市に転居すると、水彩画に取り組み始めます。元旦と台風の日を除くほぼ毎日、約30年にわたって戸外に出て、荒尾を中心とした近郊の身近な風景を描き続けるその姿は、「路傍の画家」とも呼ばれました。平成26年(2014年)に101歳で没するまで、約20,000点の作品を制作しています。
本年、荒尾氏の「三池炭鉱 万田坑」は、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を構成する資産として世界遺産に登録されました。明治末年に生まれ、大正、昭和、平成と4つの時代を生き、江上が描いてきた荒尾・大牟田の風景は、その歴史にそのまま重なります。しかし、江上が見つめてきたのは、その栄枯を物語るようなドラマティックな風景ではなく、平凡な地方都市の、極めて日常的な風景です。永遠の日常の中で、日々「美」を見出しながら、生きること。江上の生涯や作品にふれることで、立ち現われてくる、あなたにとっての故郷としての風景や、その「美」について、思いを馳せて頂ければ幸いです。(坂本顕子/熊本市現代美術館主任学芸員)