仏教経典を書写することを写経といい、またその書写された経典も写経と呼び習わしています。写経は元来、印刷技術の未発達の時代、経典の普及流通をはかるための行為でしたが、その後大乗仏教が発展するにつれ、経典は仏の聖なる世界そのものと考えるようになり、これを書写すること自体に大きな宗教的功徳を期待するようになります。
わが国では仏像経巻の伝来した飛鳥時代以来、仏教の隆盛とともに奈良、平安にかけて多数の経典が書写されました。奈良時代に行われた、いわゆる天平経は、国家安寧のために仏教を広めるという目的から官立の写経所でつくられ、続く平安時代の写経は、個人が亡くなった人々への追善や、現世の生善利益を祈願するものとなり、その後期には末法思想や法華進行などが貴族の耽美趣味と結びついて、和様の書と様々に飾られた料紙からなるわが国独自の美麗な装飾経を生み出しました。
根津美術館はこうした写経を約170件、150余巻630余帖蔵し、わが国有数のコレクションを誇ります。今回はコレクションの中核をなす天平経を中心に、平安、鎌倉、室町にいたる種々の願経を網羅的に展示し、作善につとめた古代、中世の人々の信仰の軌跡をたどります。
併せて、8/9~8/25の期間に限り、垂迹美術の名品として名高い国宝「那智瀧図」を特別展示致します。ご期待下さい。