日本を代表する建築家の一人、村野藤吾(1891-1984)は、戦前戦後を通して幅広く多様な建築を数多く設計しました。村野は住まう人々、集う人々に対して建築はいかにあるべきか、向き合うべきかを常に考え、時代の流行に乗ることのない、ゆるぎない独自の理論を展開したと言えます。その姿勢から生まれた建築は、きめ細かい配慮による密度のあるディテールと豊かな素材感、そして有機的な優しさと品格を備えています。
改修工事を経て2003年に目黒区総合庁舎に生まれ変わった旧千代田生命本社ビル(1966年竣工)は、時代を超えた建築の魅力が50年近く経過した現在でも、いきいきと感じられます。移転から12年を迎える今年、来る7月11日より目黒区美術館で、約80個の村野藤吾の建築模型による「村野藤吾の建築―模型が語る豊饒な世界」展を開催いたします。近年、関心が高まる村野建築の再評価をさらに推し進め、村野建築の全体像について、メディアとしての「模型」を通して俯瞰していく事をねらいとしています。
当館では、村野藤吾設計による目黒区総合庁舎(旧千代田生命本社ビル1966年竣工)を文化財としての視点から取り上げ、開庁1周年の2004年に「村野藤吾のディテール展」を開催しました。この展示は、村野藤吾のご子息、故村野漾氏の全面的なご協力をいただき、京都工芸繊維大学美術工芸資料館からご出品いただいた本建築の設計図と、当館で改修前に撮影した写真家・新良太氏の写真を組み合わせて構成したものです。その際に、プロの建築家による「庁舎建築ガイドツアー」を立ち上げ、それから約10年にわたり毎年250名を越える参加者を受け入れる実績を積んできました。
このところ各地で、村野藤吾に関する展覧会が開かれています。「村野藤吾―建築とインテリア ひとをつくる空間の美学の展覧会」(2008年、パナソニック汐留ミュージアム)、「建築家・村野藤吾と尼崎」(2012年、尼崎市総合文化センター)、「特別展村野藤吾 やわらかな建築とインテリア」(2014年、大阪歴史博物館)など、さらには、2011年、建築評論家の長谷川堯氏の「村野藤吾の建築 昭和・戦前」が上梓されるなど、村野藤吾の研究は着実に進んでいます。
京都工芸繊維大学美術工芸資料館に託されている村野・森設計事務所の建築設計図は、同校建築学研究室を中心に外部研究者を加えた「村野藤吾の設計研究会」により研究が進められ、今年13回目を迎える「村野藤吾建築設計図展」で、その研究成果が発表されてきました。今回出品する精緻な建築模型は、同校学生がこの展覧会に合わせて、図面から建築を読み取り、時間をかけて制作されてきたものです。
本展は、京都工芸繊維大学美術工芸資料館、村野藤吾の設計研究会との共同企画として準備を進め、その村野建築模型80点余を中心に構成するものです。100分の1、200分の1で制作された模型は、村野建築の魅力を、ディテールからマクロ的なスケールへとさまざまな視線から伝えてくれます。そして同大学美術工芸資料館所蔵の建築設計図や写真を加え、普段では見ることができない視点からとらえた村野建築の豊饒な世界にせまります。