中国の明・清時代の絵画史を考えるときには、都市という枠組が大切です。明代中期以降、市場経済の発展を受けて、江南地域の杭州・蘇州・南京・松江・揚州などでは、次々と個性ある都市文化が花開きました。中でも重要なのが、「呉」と呼ばれる古都・蘇州です。元時代には多くの知識人が往来し、文人文化が栄えましたが、元末に反明勢力の本拠地となったため、明初にはさまざまな弾圧を受けます。その後、王朝が安定するに従って往時の繁栄を取り戻し、経済的にも文化的にも中国を代表する都市となりました。
蘇州画壇の中心は在野の文人たちの社交サークルでした。明の中・後期にかけて、その間で、蘇州好みの典雅な山水画や花卉図が制作されます。動乱の明末清初期には、西洋画風の伝播や奇古趣味の流行、近隣都市との文化競争の中で、蘇州の文人画も変容を迫られます。ただ一方で、蘇州らしい甘美なイメージは、清朝後期に至るまで画家を魅了し、再生産され続けました。
明代後期の蘇州では、都市の興隆に伴う絵画受容層の拡大も顕著に認められます。唐宋代宮廷画を模した、華やかな青緑山水や仕女図が広く人気を集め、大量生産されて店頭で売買されるようになります。清時代にはより大衆向けに、都市風俗を描いた版画も多く制作されます。
本展観では、蘇州という一都市の盛衰を切り口に、複雑で豊穣な展開を見せる明・清時代の絵画史の様相を通観することを目指します。殷賑を極めた都市・蘇州の紡ぎ出した優美な絵画世界を鑑賞いただければ幸いです。 (担当 植松瑞希)