織田信長が長篠の戦いでの功を賞して奥平信昌に与えた一文字の太刀や、日本三名槍の一つ「蜻蛉切 (とんぼぎり)」。静岡県沼津の実業家・矢部利雄氏(一九〇五~一九九六)が一代で築き上げたコレクションを、このたび初公開いたします。
国宝・重要文化財を含む刀剣・刀装具は言うに及ばず、仏教絵画や風俗図、陶芸などいずれのジャンルにも、それぞれの時代の佇まいを伝える優品が並びます。朱と黒の景色が見事な室町時代の根来 (ねごろ) 塗の数々も、コレクションを形成する重要な柱の一つです。
矢部氏は熱心に家業を営み、茶道や刀剣を通して地元のコレクターと交流を深める一方、沼津御用邸や千本松原の別荘地を訪れる東京の文化人と親しく交わり、自らの美意識を磨きました。
乗り物酔いがひどく、列車で東京や大阪へ出向いた回数は数える程。ほとんど沼津から出ることなくこの充実したコレクションを成したことにも驚嘆させられます。矢部家にはよく目利きと呼ばれる人々が訪れ、話に華を咲かせていたといいます。様々な人との縁を得、ものとの縁を結んで成されたコレクションをぜひお楽しみ下さい。