シュルレアリスムの巨匠、サルバドール・ダリ(1904-1989)は20世紀を代表する芸術家として高く評価されると共に、大衆にも迎合された稀有な作家です。トレードマークの髭と見開いた目、過激な言動で世間の注目を集め「奇才」「狂人」ともてはやされる一方、その繊細な性格から虚勢を張っていたとも言われます。秘密めいた人生を歩んだダリが信じ、創造の源としたのは「愛」でした。ダリは何を愛し、何に愛されたのでしょうか?
本展覧会では当館所蔵のダリ・コレクションを中心に日本国内のダリ作品所蔵館5館の出品協力のもと、初期から熟年期にかけての絵画・彫刻・版画作品97点を展示します。その中の一点、《ポルト・リガトの聖母》は、ルネサンス期の画家ピエロ・デッラ・フランチェスカの作品《ブレラの祭壇画》における聖母子像から構想を得た大作です。古典絵画と宗教主題への傾倒が窺えると共に、美しいバランスで浮遊する祭壇は核分裂を彷彿とさせます。1945年、日本への原子爆弾投下による第二次世界大戦終戦を経て科学の脅威に目覚めたダリは、科学と宗教という相対的な二つの存在を作品上で融合させようと試みた「神秘主義宣言」を提唱し、戦後から1950年代にかけての主題としました。また、本作では最愛の妻でありミューズでもあるガラを聖母として描いています。自らが傾倒した古典と科学、そしてダリを一流の芸術家へと導き美の女神として君臨し続けたガラへの神聖化した愛を表現する珠玉の一品です。
ガラへの愛をはじめ、ダリを育んだ故郷と家族への愛、前衛芸術への傾倒、古典への敬愛、そして自己愛―本展覧会では「愛」をキーワードに5つのテーマを展開し、人間ダリが「芸術家ダリ」へと変貌を遂げた潮流を辿ります。奇才の芸術家の未だ知られざる素顔を、どうぞご覧下さい。