かつての旅は、伊勢参りに代表されるように、寺社参詣を目的としつつ、道中の名所や旧跡を存分に見てまわるというものでした。江戸後期、庶民の間で旅が流行すると、遠方まで行けない人々にとって、江戸から近く、成田山新勝寺をはじめ有名な寺社や名勝に恵まれた房総は、格好の観光地となります。舟で入っていく川と海に囲まれた地形も、日常を離れる旅の気分を盛り上げました。
成田山へは、船橋、大和田、臼井、佐倉、酒々井を通る成田街道がよく使われ、途中、野馬や遠くに筑波山が見える小金牧や、風光明媚な印旛沼などの名所もありました。さらに、利根川の水運を利用した香取、鹿島、息栖の東国三社参詣や、銚子の奇勝を楽しむ磯巡りも人気の周遊コースでした。そして、南総には古来信仰を集めてきた鹿野山神野寺、鋸山の日本寺、日蓮ゆかりの清澄寺や誕生寺といった霊場や、江戸湾越しに富士山を望む保田海岸、鏡ヶ浦などの景勝地が点在しています。実際に房総を旅した歌川広重は、さまざまな名所を浮世絵にとどめており、人々の旅への憧れを刺激したことでしょう。
このたびの展覧会では、「成田山への旅」「東国三社参詣と磯巡りの旅」「南総の旅」に分け、旅のガイドとなった絵図や名所図会、現地での見聞を記した紀行文を参考に、風景版画によってその旅路をたどります。電車や自動車のない時代の房総へ、物見遊山の旅にお出かけください。