伊藤廉(1898-1983)は名古屋市生まれの画家です。東京美術学校(現・東京藝術大学)在学中に二科展に入選し、卒業後の1927年から約3年間パリで学びました。彼の地では古典古代から同時代にいたるヨーロッパの絵画研究に邁進し、ヴラマンクやルオーらとの知遇を得ました。そして帰国した1930年の第17回二科展に滞欧作十数点を発表して二科賞を獲得、画家としての地位を確かなものにします。また同年発足した独立美術協会では創立会員として活躍し、1943年からは国画会に移りました。この間、作品は暗色を効果的に配する重厚な画面から、セザンヌ作品の研究によって学んだ色価やマチエールを日本的感性と調和させる独自の静物画へと変遷してゆきます。伊藤廉は美術教育の分野でも大きな業績を残しました。1946年から東京藝術大学で教鞭をとったほか、愛知県立芸術大学設立に尽力し、1966年の開学後は美術学部長を務めて多くの後進を育てました。広く読まれた『絵の話』など、著作も数多くあります。伊藤廉の画業は世間一般でもてはやされる華やかさとは無縁の堅実なものでしたが、西洋由来の油彩を真摯に研究し消化した過程は戦後の日本美術史ならびに美術教育を体現しています。彼の作品が公立美術館でまとまって展観されたのは1986年愛知県美術館での、鬼頭鍋三郎との二人展が最後です。また伊藤は碧南市出身の文人、山中信天翁の弟の孫にあたります。ゆかりの地にある当館で、四半世紀以上の時を経て開催される本展は、伊藤廉の業績全体をひとつの<絵の話>として再読するものです。油彩の代表作に水彩・素描・版画等を加えた約120点が、みなさまを味わい深い読後感に似た豊かな世界に誘うことでしょう。