長崎市出身の銅版画家・渡辺千尋。彼は、東京を拠点に、1970年代末に出会ったエングレーヴィングという極めて難易度の高い銅版画技法で比類ない幻想的小宇宙を紡ぎ出す一方、グラフィック・デザイナー、イラストレーターとして数多くの書籍の装幀や挿画を手がけ、いずれの世界においても優れた仕事を残しました。近年はそこに、戦後長崎の土産物であった「トンチンカン人形」を題材とした『ざくろの空 頓珍漢人形伝』や、キリシタン版画の復刻作業のドキュメント『殉教の刻印』の著者として、ノンフィクション作家という新たな顔が加わり、ますますの活躍が期待されていましたが、2009年に病のため64歳で急逝しました。歿後5年(かつ生誕70年)という節目の年に開催する本展では、「象の風景」シリーズを始めとする、1970~80年代の渡辺のエングレーヴィングの代表作を中心に展示します。さらに1960年代から70年代にかけての時代を濃密に反映したドローイングや、膨大なデザインの仕事の一部、そしてノンフィクション作家としての貌(それは長崎の歴史と文化の紹介者としての貌でもあります)も併せてご紹介します。ビュラン(エングレーヴィング用の彫刻刀)に選ばれた幻視者にして、時代を呼吸する優秀なデザイナー、長崎の歴史と文化の愚直なまでに真摯な再発見者―。この機会に、渡辺の多面的な魅力の一端に触れていただければ幸いです。