本展は「木口木版画」の可能性に挑み、異例ともいえる大画面の表現を獲得した小林敬生の画業を総覧する初の展覧会であり、教鞭を執ってきた多摩美術大学の退職を記念して開催するものです。木口木版画とは、黄楊や椿のような極めて堅い樹木を輪切りにした (これを木口という) ものを版材とし、通常は銅版画に用いるビュランを以て刻み込むよう彫版する技法です。シャープな刻線が可能となるこの技法によって小林は鳥や魚、虫や動植物を細密に描きます。その織り成された生命賛歌の合間には文明の象徴たる都市景観が垣間見え、大自然に埋没する存在として表現されています。自然と文明が矛盾を孕みながら共存する画面空間はアンビバレントさ故に幻想性を誘っていますが、それはまさに小林が発する現代への警鐘であり、人類と自然の共生を願う小林のメッセージともいえるでしょう。本展では小林が確立した大画面と空間表現による木口木版画の代表的作品から、1960年代後半の画業初期に取り組んだ板目木版画を紹介します。これら板目木版画の多くはこの度初めて公開されるものも多く含まれ、これまでにない小林の歩みを知る機会となるでしょう。小林敬生が送るメッセージと共に、作家が追求してきた版画の絵画性をどうぞお楽しみ下さい。