匿名の、名前のわからない、個性のないもの。アノニマス(anonymous)とは、そのような意味を持っています。ギリシア語の接頭辞an-(~なしの)にonyma(名前)が組み合わされて、「名前がない」を意味しますが、展覧会の作品はそれぞれに題名がつけられていて、名前がないわけではありません。では、「名前がない」とは一体どういうことを意味するのでしょうか。
例えば、ロボット工学の一部では、テクノロジーの発達に後押しされ、「機械の生命」を作り出そうとしています。しかし、その成果物の多くは、私たちがSFなどに夢見る理想的なアンドロイドからすれば完全なものとは言えず、それはアンドロイドと呼ばれるひとつ手前の存在、名づけえぬ何ものかなのです。また、遺伝子操作に代表されるバイオ・テクノロジーやクローン技術などの生殖医療技術の急速な発達は、私たちがその本質を理解するよりも早く、名づけることのできない、もうひとつの「生」のあり方を現実のものとしてきました。
この展覧会では、そのような名づけることのできない生命、本当の名を明かしていないものたち、「アノニマス・ライフ」ということばを手がかりに、機械と人間をわかつ自明であったはずの「生」の意味を問い直すとともに、テクノロジーの進歩が新たな光を当てたセクシュアリティやアイデンティティの問題をはじめ、私たちの社会の中に遍在する多様なゆらぎ、境界、そしてその侵犯をめぐる作品を紹介します。