木下晋(1947- 富山市生まれ)は、10Hから10Bの鉛筆を駆使した他に類例を見ない克明な鉛筆画により、過酷な運命を生きた人々を本源的な生の次元で捉えています。
木下自身も逆境のなか、幼少年期を過ごしました。幼くして逝った弟、放浪を繰り返す母、父の事故死など不遇な状況に埋め尽くされています。しかし、木下は希望を見失うことはありませんでした。希望とは描くことにほかなりません。
木下は、描く対象となった人々の核心をみごとに引き出しています。その人の人生を語るものとして、シワひとつ髪の毛一筋もおろそかにしません。木下は、モデルとなった人々に人間の尊厳を感じています。彼らを描くことにより画家自身の闇を光に転換しています。
木下の重要なモチーフのひとつに「合掌図」があります。1985年、山形県の湯殿山注連寺より天井画の依頼を受け、試行錯誤ののち、さまざまな宗教の枠を超えた祈りの仕草としての合掌図にたどりつきました。以後、母や娘の手をモデルに合掌図を手がけました。今回の展覧会に出品された新作《鎮魂の祈り》、《祈りの塔》の2点の合掌図は東日本大震災の被災地にたたずむことによって生まれた作品です。
本展は、祈りをテーマとして、合掌図をはじめとする木下の鉛筆画の近作を中心に構成されています。今まさに祈りの意義を考える時期を迎えていることは確かです。この展覧会が、そのきっかけとなれば幸いです。