2012年の夢二郷土美術館は、「もっと知りたい竹久夢二」と題し、竹久夢二(1884(明治17)~1934(昭和9))の生涯を「明治」「大正」「昭和」の3期に分け、その全てをご紹介する企画展を開催しています。
大正12年(l923)に起きた関東大震災の後、復興する東京は「大正ロマン」から「モダン」へと急速に生まれ変わります。夢二は時代のスピード感をとらえたデザインの秀作を生み、広告美術などにも積極的に携わります。今回は、雑誌「婦人グラフ」について、夢二による表紙絵・挿絵の掲載号、計26号を展示します。(期間中、展示替を行います)
他方、肉筆画においては自作の句などの書を交えながら、静かな哀愁に満ちた世界を展開します。たびたび描かれるようになった「山」は、晩年の夢二にとっての精神的な拠りどころを示すものでした。昭和5年(1930)に構想を発表した「榛名山美術研究所」の舞台である榛名山を遠景に描いた《遠山に寄す》は、この頃の夢二の心境がよく伺える作品の一つです。
山野に安らぎを見出す心もちを託した書画作品と、時代の先端を行くデザインの仕事、どちらも昭和の夢二の姿です。そして昭和6年(1931)、「一生涯に於ける総くゝりの女」《立田姫》を描いた後、実質的に最後の旅となった外遊へと旅立ちます。