目まぐるしく変転してきた戦後の美術界の中で、清水晃(1936年~)と吉野辰海(1940年~)は50年以上にわたり、揺ぎない独自の制作を貫いてきました。
ふたりがデビューした1960年代初めは、「反芸術」と呼ばれる、美術の既成概念を破る表現が盛んな時代でした。その真只中で、清水と吉野はそれぞれ制作活動を始めます。清水は廃品を用いた作品やコラージュなどを発表し、吉野は前衛芸術のグループ「ネオ・ダダ」に参加するなど、ともに若くして注目を集めました。
やがて新奇な表現を熱狂的に追い求める時代が過ぎ去ると、ふたりは自らの原点をもう一度見つめ直しながら、次第に新たな境地を築き上げていきます。清水は幼少期の原体験を振り返りながら、1970年代以降、自らの内面や記憶の奥底を凝視する表現に向かいます。とりわけ〈漆黒から〉と題する素描とオブジェは15年以上継続して制作され、清水の深遠な世界観が見事に結実したシリーズとして、高く評価されています。
一方、子供の頃に愛犬と過ごした想い出を持つ吉野は、1970年代末から犬をモチーフにした立体作品のシリーズに取り組みます。ユーモアや悲哀を感じさせるこれらの犬は、ある時は二本足で人間のように振る舞い、ある時は万物の運動を暗示する螺旋のねじれを伴い、様々な姿に変貌していきます。また、近年では少女の華奢な身体に象と犬の頭部が合体した異形の造形を試みており、更なる展開が期待されています。
この展覧会では、それぞれ独自に活動しながらも、同時代を歩んできたふたりの美術家に焦点をあて、その全貌を代表作によって紹介します。半世紀にわたる清水と吉野のユニークな試みは、日本の戦後美術における様々な論点を照らし出すだけでなく、今後の美術の行方を考える意味でも重要な手掛かりを与えてくれるに違いありません。