入江泰吉が奈良大和路の写真家として再起を果たした地が、幼少期を過ごした思い出深い東大寺でした。「私は東大寺のお導きによって、写真家になれたのだ」と、のちに語るように、東大寺を中心に展開する運命の巡りあわせが入江の写真家人生を決定付けました。
そのひとつが、東大寺三月堂前で耳にした「戦利品として、仏像などの文化財が持ち去られる」という噂でした。入江は、その時あらためて自分は写真家であり、そうなる前にせめて記録しておかなければならないと決意します。また、東大寺観音院住職であった上司海雲をはじめとする良き理解者、友人との出会いによって、芸術家としての本能が目覚め、次第に奈良大和路の撮影に没頭して行くのです。
入江作品の中でも東大寺に関わる作品の数は群を抜いて多くあります。東大寺旧境内に自宅があり、そこから毎日見るからこそ感じ取ることができる微妙な変化に写欲をそそられ撮影してきました。また、開山以来、連綿と続く深く荘厳な歴史に魅了され、自身の感動が伝わる作品を創り続けたのです。
今回は、奈良大和路の写真家へと入江を導いた東大寺にスポットを当て、風景、仏像、お水取りの作品を紹介します。ひとつひとつの被写体に心から向き合い感謝の思いで作品にした、入江泰吉の東大寺をご覧ください。