■山本靖久の世界
宝木範義
山本靖久は豊饒なる混沌を描く。人々を善悪の別なく、美醜を隔てず、光と影の振幅さえない夢幻の境に遊ばせていた神話時代の時空と至福が、多様な現代のメディウムを駆使して作品化される。それらを旧約聖書が冒頭で語る、いきとしいけるもの全てが共生する遠い物語の記憶になぞらえてもいい。
あるいは影をもたない振幅がこうして反芻されることで、現代に対する反措定となっているのか。誰も気づかないうちに。
人は所詮、死を背負って生きてゆく、しかしなお希望の光を見る眼を持っている、と作者は言いたげである。
この8月末のこと、トゥールーズからミディ・ピレネーの深緑の山中に分け入り、モワサックのサンピエール聖堂など、ロマネスクの古寺を訪ねた。静寂が空気を凝固した回廊を歩くと、鳩の飛翔が朝の光をさざなみのようにかき乱す。
色褪せた壁画と崩れかけた彫刻がひっそりとたたずむ回廊は、時空を超えたひとつの美の聖域であり、山本靖久の作品世界を連想させた。
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