山口県長門市三隅のアトリエで、戦争とシベリア抑留の体験を描きつづけた画家、香月泰男(1911-74年)。1947年にシベリアの収容所から帰国した香月は、その半年後に描かれた《雨〈牛〉》から、絶筆となった1974年の《渚〈ナホトカ〉》まで、一つまた一つと「シベリア」の記憶を紡いでいきます。四半世紀あまりのあいだに、57点の油絵に結実した「追憶のシベリア」。それらはいつしか「シベリア・シリーズ」と呼ばれるようになりました。
シベリアから帰国後、香月は愛する家族とともに生まれ故郷の三隅で穏やかな生活を送りました。しかし、平穏な暮らしのなかで、過酷な抑留の記憶がふいに目を覚まします。あの寒さ、あの疲労、あの絶望・・・。忘れたい、でも忘れられない、忘れてはならない惨めさと労苦の日々は、生涯、香月をとらえて離しませんでした。「シベリア・シリーズはこれで終わりにしよう・・・」そう思いつづけながら、最期まで「シベリア」から逃れられなかった香月泰男。シベリア・シリーズをとおして、その心の軌跡をたどります。