正方形や円のような単純で幾何学的な図形で構成される抽象絵画は、オランダのピエト・モンドリアン(1872-1944)やロシアのカシミール・マレーヴィチ(1878-1935)らによって20世紀初頭に描かれ始めました。第2次世界大戦後には、その系譜はハードエッジ・ペインティング、ミニマル・アートといった運動へと受け継がれ、現代絵画の世界で重要な一角を占めてきました。現実の事物の再現にとどまらない自律的な存在としての絵画を目指すため、画面の構成要素を最小単位にまで還元していった結果である幾何学的抽象絵画は、その理知的で抑制的な印象から、「冷たい抽象」と総称されることもあります。
アメリカでは1950年代末にはじまる版画の隆盛にともない、多くのアーティストたちが版画制作に積極的に取り組むようになりましたが、その中には幾何学的抽象の作家も含まれていました。手で直接描くのではなく版を介在させるという機械的・工業的な制作プロセスが、形の正確さやシャープさ、均一な色面といったものを実現させやすかったからであり、版画の技術的発展による後押しもあって、現代美術史に残る名作が誕生してきました。
本展は、CCGA所蔵のタイラーグラフィックス・アーカイブコレクションから、ジョセフ・アルバース、エルズワース・ケリーら幾何学的抽象の代表的作家たちによる版画作品を展示します。出品作品の精緻に刷られた画面は、この形式特有の硬質、寡黙といった印象を伝えてきます。しかし同時にそれだけではなく、色やインクの質感、印刷技法の違いなどによって多彩で豊かな、そして雄弁ともいえる表情を見せてくれます。本展が、幾何学的抽象と現代版画の出会いが生み出す魅力に触れる機会となれば幸いです。