大正ロマンを代表する画家・竹久夢二(1884-1934)は、「夢二式美人」と称される独自の画風で一世を風靡する人気を得ました。本の挿絵や装幀、浴衣や日用雑貨のデザインを手がけるなどグラフィックデザイナーの先駆けとなり、詩、歌謡、童話など文芸の分野でも活躍し、中でも『宵待草』には曲が付けられ、大衆歌謡として全国的な愛唱歌となりました。しかし、その生涯は恋多く、やがて旅を重ねる漂泊の人生を歩むことになります。
夢二は数え年48歳の時、父との死別や愛の破局、仕事の低迷などを断ち切るように欧米への旅を計画します。昭和6年(1931)5月、横浜港を出発し、アメリカのカリフォルニア州を中心に約1年3ヶ月間滞在した後、ドイツを拠点にヨーロッパ各地を1年間かけて回り、昭和8年(1933)9月に帰国しました。旅行中、世界的不況、夢二自身の金銭的苦境、加えて優れない体調と気疲れで、心身ともに疲れきった夢二は帰国して1年後にその生涯を終えます。
本展覧会は、この欧米旅行に焦点を当てた「幻の帰国展」であり、欧米滞在中に描いたスケッチを中心に、油彩・素描作品をまとめて紹介いたします。中でもウィーンで制作された油彩画「扇をもつ女」は日本初公開の作品となります。最後の恋人といわれた少女・ナズモの面影、各地で出会った青い目の女性たち、ヨーロッパへ向けて出港したタコマ号の船旅の寸景、名勝地・街の風情など、感傷的に映し出されています。これらは、夢二最後の旅、アメリカ・ヨーロッパ彷徨の記録でもあります。
また、本展では夢二が手がけた雑誌や、西洋音楽の普及のための楽譜集『セノオ楽譜』の表紙の中から、欧米への憧れが背景となったデザインを展示するとともに、肉筆画の名品をあわせて展示し、現在もなお、多くの人々を惹きつける夢二の魅力を紹介いたします。