イタリア共和国の首都ローマは、都市国家から巨大帝国へと発展した古代ローマ時代から、キリスト教美術の中心地であった教皇領時代を通じて、西欧文明圏の中心的存在であり「永遠の都」として語り継がれてきました。悠久の歴史を誇り、絵画や文学、そして映画など数多くの芸術作品のなかで描かれてきたこの都市は、18世紀以降イギリスの貴族階級による遊学旅行「グランド・ツアー」の主要な訪問先として知られ、19世紀に入ると国家統一の動乱を経験しながらも、交通機関の近代化にともなうツーリズムの隆盛を受けて大量の一般旅行者を受け入れるようになります。
19世紀ヨーロッパの人々にとって遠方への観光旅行を容易にしたのが鉄道の建設ラッシュでした。イギリスでは、近代ツーリズムの祖トーマス・クックが鉄道による観光旅行を企画して大成功を収めます。同様に、「未知なる異境の地を視ること」への欲望によって実現したもう一つの発明が写真術(カメラ)だったと言えます。ちょうどイタリアに鉄道が開通した頃、1839年パリでダゲレオタイプの写真術が発表されると、写真は瞬く間にヨーロッパ各国へと普及し、当時主流だった版画に代わって旅を記録する上で重要な役割を担うようになります。当時のローマでは古代遺跡の発掘調査・保存活動が飛躍的に進み、写真家たちは古代の都の残影を求めてこの地を訪れました。紀行文学や絵画から得たイメージを重ね合わせ幻想の街として撮影されたこれらの写真は、旅行案内として一般に普及し、近代以降の「ローマ」イメージの原型となっています。本展では、イタリア・モデナの写真美術館に寄託された19世紀写真のコレクションから厳選した、コロッセオ、凱旋門、教会建築などローマの名所旧跡を撮影した約130点の貴重なオリジナル・プリントを、日本人画家の渡欧手記など当館所蔵資料等とあわせて展示します。