山陰の風土や自然を背景に人々や子どもたちの姿をとらえた植田正治のシリーズ〈童暦(わらべごよみ)〉は、1955年から70年にかけて撮影されました。当時、これらの作品は、カメラ雑誌で個別に紹介されていましたが、1971年に『童暦』として、一冊の写真集にまとめられ出版されています。戦後のリアリズム運動の流れのなかで、自身の写真の方向性を失いながらも、懸命に模索していた植田は、この写真集により、再び高く評価され、注目されることになったのです。
〈童暦〉で、植田が好んで撮影したのは、古びた港町や海に沿った小さな道、祭や行事、山村に暮らす人々、そして無邪気に遊ぶ子どもたちなど、昔からなれ親しんだごく普通の光景ばかりです。撮影の中での一期一会の出会いは、カメラを覗き込む植田に、童心のような純粋な気持ちを呼び起こし、シャッターを切らせたのでしょうか。写真家自身の記憶や感情と山陰の風土や風景とのつながりが、抒情と郷愁ただよう写真表現となって結実しているかのようです。特に子どもたちの姿は、その存在そのものをいつくしむかのように、ヒューマニティ溢れる眼差しでとらえられ、同時にどこか、はかなげで不思議な魅力をもつ存在として描かれています。
〈童暦〉に写しだされた四季折々の光景は、どれも懐かしいものばかりです。その懐かしさは、私たちの記憶と結びつき、あるいは私たちの様々な感情を揺さぶり、忘れかけていた遠い記憶を呼び起こしてくれることでしょう。