19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパ各地で花開いた革新的な装飾美術運動「アール・ヌーヴォー」。その中心都市の一つが、フランス北東部の都市ナンシーです。ナンシーを中心に広がったアール・ヌーヴォー様式の大きな特徴は、自然、特に植物の姿を正確にとらえ、忠実に作品に反映させている点にあります。実際、ナンシー派の作品には、実に多種多様な植物が採り入れられています。
ナンシー派の中心的人物であるエミール・ガレは、植物の構造や生長のサイクルを仔細に観察し、ガラス器全体を使ってその姿を表現しました。作品の隠れたところに花や葉の透かし彫りが施されていたり、一つのガラス器の中に植物の様々な生長段階が表現されていたりする場合もあります。微妙で複雑な素地が織り成す色の彩により風の香りや空気の流れまでも連想させるガレのガラス器には、植物に宿る生命の鼓動が内包されているかのような、神秘的で象徴的な表現が多くみられます。
ガレの没後に作られた製品にも、植物を主要なテーマにするという姿勢が貫かれました。
同じくナンシー派のガラス工芸をリードしたドームの工房においても、様々な植物が図案化され製品に採り入れられました。そこには、植物の四季の情景が生き生きと表現されています。植物の形態の美しさが素直に写し取られたガラス器には、ガレのガラス器とは対照的に、ある種の明朗さがあります。
このたびの企画では、秋の訪れから冬ごもり、そして春の足音に胸ふくらむ早春の花々へと自然の移り変わりが映し出された作品を選び、ご鑑賞いただきます。ガレ、ドームが高度なガラス技法を駆使しながら、余すところなく表現した自然と生命の美しさを、ご堪能ください。