硯箱は、硯や水滴、筆・墨・小刀などの筆記用具を収める箱です。日常に欠かすことのできない道具として、部屋の中でも手の届きやすい場所に置かれてきました。化粧道具などを収める手箱と並んで、身近な空間をかざった調度の代表格と言えるでしょう。また硯箱や手箱は蒔絵で装飾されたものが多く、蒔絵調度を象徴する存在でもあります。実際、現在まで伝わる中世の蒔絵の名品は、ほとんどが硯箱か手箱なのです。また近世には、蒔絵表現の主な舞台は硯箱であったといっても過言ではありません。特に江戸時代に入ると、職人としての蒔絵師の他に本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)や尾形光琳(おがたこうりん)、小川破笠(おがわはりつ)など斬新で独特な表現をうみだした作家が現れ、バラエティーに富んだ硯箱が作られました。
また文章を著わすことに関係するためでしょうか、硯箱には和歌などの文学に関連した意匠が数多く見られます。この度の展示では、硯箱に見られる精細な蒔絵表現の他に、硯箱の様々な形式や、絵の中に描かれた硯箱をご覧いただきます。蒔絵硯箱の多彩な姿や硯箱を使う人の様子から、人々が硯箱に込めてきた思いを感じとっていただければ幸いです。