「そもそも僕がグラフィックデザイナーになったきっかけは、古い友人、原田宗典が高校二年の頃から既に作家を目指していたことに遠因があるような気がする。文学青年であった僕らは、互いにすすめあう小説を、喫茶店で読んでは感心し、また読んでは放心しという幸福な読書を堪能していた。既にこの頃から原田は小説を書いており、手のひらに収まるような小さな原稿用紙に小さな文字で書かれた小説を、僕は読まされていた。自分も何かを表現する芸術的な仕事をやらなければ、と、その頃にうっすらと決意を固めていたのかもしれない。やがて原田は早稲田に僕は武蔵美に進み、二○代の半ばに作家としてデビューを果たした原田の本の装丁を任された。文学好きの僕らの理想的なコラボレーションに思われたが、何かもの足りない思いがあった。表現の端緒を自分自身の中にもちたい。そう思ったのかもしれない。その頃に始まったデザインを、今、ひもといてみる。」
無印良品のアートディレクションや松屋銀座リニューアルプロジェクト、愛知万博のプロモーションなどで知られるグラフィックデザイナー原研哉。2000年以降には展覧会の企画制作を手掛け、日用品のデザインを考え直す「REDESIGN日常の21世紀」や、人間の感覚の探求をテーマとした「HAPTIC五感の覚醒」、日本の人工繊維の可能性を表現する「TOKYOFIBER'07SENSEWARE」を世界各地で開催するなど、デザイナーの枠にとらわれない独自の活動によって注目を集めています。2004年には「デザインのデザイン」を上梓、デザインということばが横行する現代をスマートに分析し、デザインの原点を提示した同書によってサントリー学芸賞を受賞。さらに2008年には同氏のデザインを象徴する色でもある白についての考察を著した「白」が刊行され、話題を呼んでいます。本展では、わたしたちにとって最も身近なもののひとつである「本」のデザインをテーマに、これまでに手掛けた小説や作品集などの装丁を展示します。電子メディアの普及した今日、書籍とは、紙とはなにか、推敲を重ねて生み出された「情報の彫刻」により、原研哉のデザイン哲学をご紹介します。