遠くインドの大地で生まれ、今から400年ほど前に南蛮船・紅毛船などによって日本に運ばれた布がありました。「更紗」(さらさ)と呼ぶ、爽やかな風合いの木綿に色鮮やかな文様を染めたその布は、たちまち江戸時代の人々を魅了していきます。
「更紗」とは、木綿布に草花・鳥獣・人物などの文様を、型や手描きによって染めた布のことです。「佐羅紗」「皿紗」「佐羅佐」「佐良佐」とも書き、「華布」「印華布」「紗室染」とも言われました。中でも17-18世紀にかけて舶載されたインド製更紗の一群を「古渡り更紗」と呼び、文様の種類によって「ごま手」「笹蔓手」「扇手」「ごとく手」などの名称を付け、江戸時代の人々に大変珍重されます。その華麗なる意匠は、大名の陣羽織や若者の小袖、煙草入れや小物入れなどに仕立てられ、江戸のファッションリーダーの間で大いにもてはやされました。さらに、古い伝来のある茶道具を包む風呂敷にも転用されるなど、「古渡り更紗」は江戸時代の日本を染め上げたのです。
本展では、安永7年(1778)刊行の図版集『更紗便覧』などを参考に、現存する「古渡り更紗」の名品約80件を紹介します。特に彦根藩主井伊家に伝わった「彦根更紗」を可能な限り一堂に展示することで、様々な文様構成の特徴と多岐に渡る更紗作品との関連を考えてみたいと思います。
インドからはるばる海を越え、江戸時代の日本を彩った「古渡り更紗」は、未だ世界の人々の心を捉えてやみません。本展により、木綿に咲いた華麗な世界が生み出す不思議な魅力とその源を心行くまで堪能できることでしょう。