ビュラン(彫刻刀の一種)を用いたエングレーヴィングによる美しい線描で、川や雲の流れ、樹木、山並みなどを描く作家・門坂流。鉛筆、水彩、ペン画を描いていた創作活動初期の頃から、質の高い細密な作品を生み出す技術は文芸の世界でも高く評価され、直木賞受賞作家の小説表紙絵を多数手がけています。
門坂は、ペン画などで表現できない“深い美”を描出するために、1985年から銅版画に取り組み始めました。「失敗してもやり直しの効くような素材では、集中して制作ができない」と話す彼は、ペン画の創作で培った技術を生かし、エングレーヴィングという技法で創作を行っています。画面に描かれる無数の線は、隣の線と交差することなく、風景や生物を形作っています。硬質な線の集合でありながら、水面や山肌の質感が見事に表される流線美は、見る人の心を捉えてやみません。
“線描のリリシズム”と題する今展では、優しい表情で正面を見つめる若い女や、編み物をする女性像などが登場します。女性ならではの凛とした強さがシャープな線描に秘められ、描かれる線の美しさがより際立つ作品となっています。精密・繊細な線が作り出すさまざまな情景で、多くの人を魅了してきた門坂の新たな魅力を感じられる本展を、この機会にぜひご高覧ください。