井原市が生んだ近代木彫界の巨匠・平櫛田中(1872―1979)が百寿の際、彫刻界の発展を願い、自ら創設した「平櫛田中賞」が本年で23回目を迎えました。
このたびの受賞者である保田春彦氏は、1930年に彫刻家保田龍門の長男として和歌山県に生まれました。少年時代を大阪で過ごし、47年、旧制最後の東京美術学校に入学、石井鶴三教室に在籍します。平櫛田中、石井鶴三、保田龍門はいずれも日本美術院同人の彫刻家で、再興院展草創期の大正時代、ともに研鑽した仲間であり、友人でした。春彦氏は自らが52年に卒業するまで同校教授であった平櫛田中の思い出を後に記し、その敬愛すべき人柄を伝えています。58年、渡欧してパリのアカデミー・グランド・ショーミエールのザッキン教室研究生となり、60年からはイタリアを拠点としてヨーロッパ各地で個展を開催しました。68年の帰国後は武蔵野美術大学で教鞭をとる傍ら、鉄やステンレスを素材とした「潔癖さを携えた抽象性の強い」彫刻作品を意欲的に発表し、高い評価を得てきました。
近年は2000年のシルヴィア夫人の逝去をきっかけとして、2002年「遠い風景」、2004年「白い風景」、2006年「季節の残像」と続いた三つの個展では木を用いて、夫人への鎮魂と自らの「遠い記憶の家々への想い」から生み出された作品を発表しています。
本展では、上記個展の出品作を中心とした自選の近作約40点を展示いたします。保田氏の近年の静謐な境地に思いを馳せていただければ幸いです。