人物画等の背景として副次的に描かれることが多かった風景が浮世絵版画の主題として描かれるようになり、風景画が浮世絵版画の一ジャンルとして確立されたのは、江戸時代後期の天保期に入ってからのことでした。その確立に大きく貢献し、浮世絵風景版画史の草創期を飾る絵師が、葛飾北斎と歌川広重です。
とりわけ広重は、四季折々の風景とその中で生活する人々を叙情性豊かに表現して多くの日本人の心を捉え、浮世絵風景版画の第一人者となりましたが、晩年期に描いた「名所江戸百景」では、叙情性を描写するだけにとどまらず、近景と遠景を極端に対比したり、モティーフを画面端で大胆に切断したりといった造形的な面白さをも表出しており、その造形性は、二代広重ら幕末期の浮世絵師たちだけでなく、遠く海を渡り西洋の画家たちにも影響を与えました。
明治時代に入って、東京風景を描いた絵師に小林清親がいます。彼は出世作「東京名所図」において、欧化政策が進み江戸から東京へと移り行く風景を、光の微妙な表情を捉えつつ、みずみずしい色彩と広重を思わせる情趣溢れる表現によって次々と描き出し、一世を風靡しました。しかしその後、迫真性において浮世絵を凌駕する写真術や西洋版画が急速に発展したことによって、風景版画含めた浮世絵そのものが衰退してしまいました。
清親以後、いったんは衰退してしまっていた風景版画が再び隆盛を遂げたのは、大正時代から昭和時代初期です。油彩画と日本画を学んだ後、版元・渡邊庄三郎の近代浮世絵創出の試みである「新版画運動」に賛同した川瀬巴水は、急速に失われつつあった古きよき日本の風景を捜し求めて日本各地をスケッチ旅行し、油彩画の技法を取り入れた非常に写実性の高い画面を作り出しました。
本展では、広重から巴水までの浮世絵風景版画約100年の歴史を、幕末の広重の作品、明治時代の小林清親の作品、大正昭和時代の川瀬巴水の作品等を主に紹介することによって辿り、それぞれの絵師がどのように風景を捉え、表現してきたかを検証します。