「いま私たちの怒りや悲しみ、死や愛といった感情をリアルに表現してくれるのは写真や映画になってしまった。かつては絵画が担っていたそのテーマをもういちど絵画の中に取り戻したい」
暖かい水色の眼に豊かな金髪をゆらしながらマルレーネ・デュマスはこう熱く語ります。デュマスは現在、世界的に最も注目を浴びている女性アーティストのひとりです。並みいる国際展招待をはじめとして、ポンピドゥー・センター(2002)、シカゴ美術館(2003)などで大規模な個展が開かれており、また、オークションでは、現存する女性アーティストの作品価格としては最高の3億円で落札され、話題をよびました(2005年2月クリスティーズ、ロンドン)。
彼女のまなざしは何よりも現在に生きる人々に向けられています。恋人や娘、友人など身近な人物や、マスメディアに流通する写真や映像を題材に、生命感のきらめきを独特の繊細で鮮烈なタッチで描いた人物像は、その人の個性や感情だけでなく、「時代」そのもののリアルなポートレートとなっています。
例えば恋人と自分を対で描いた鬼気迫るポートレート、官能と純粋さをあわせもったストリッパーや娼婦、処刑されたテロリストの知的でものしずかな表情、黒人たち。デュマスが描くこれらの肖像は、差別や偏見そして民族やセクシュアリティ、ジェンダーなど、現代が抱える複雑で多様な問題-「時代」そのものを喚起させます。
1953年に南アフリカ共和国のケープタウンに生まれたデュマスは、ケープタウン大学(1972-75)に学んだ後、オランダのアムステルダムの大学等で引き続き勉学を続け、現在アムステルダムを拠点に活動を続けています。
本展は、写真家荒木経惟の作品を基に描いた注目の新作をはじめ、初期のポートレートのシリーズから代表作である《Female》(211点のドローイングシリーズ)、坂本龍一とのコラボレーションで話題を呼んだビデオ作品《My Daughter》など、全250点で構成されています。2008年にロサンゼルス現代美術館(MOCA)とニューヨーク近代美術館(MoMA)で計画されている大回顧展に先駆け、マルレーネ・デュマスの主要な作品の全貌を紹介する日本で初めての展覧会となります。